岩DEBUT

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DEBUT(デビュー)というのはフランス語らしい。
どうりで英語っぽくないと思った。

いったい何を思いこのトシでクライミングなんてやってみようと思ったのか。
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2005年5月に国分寺のクライミング・ジムで室内体験クライミングをやってみたことがある。
体験コースは僅か2本。1度目は好きなように、2度目は「黄色のホールドだけで」というものだったが、両方ともあっけなくするすると登れてしまい、あまり面白くなかったと記憶している。

いつかは自然の岩に噛り付いてみたいと思いつつ、今日までそれを果たせなかったが、そういうのはタイミングというのものがあるようで、よし、やろう、と思えば案外するっと行けてしまうものである。

自然の岩をよじ登ろうというのだから、クライミング教室はかなり厳しめの安全に関する対応が必要になる。室内と違い、落ちれば死ぬ。
最低でも15mはあろうかという岩壁なのだから、ころげ落ちればタダですむはずがないのだ。
講習はまず基礎の基礎であるロープワークと安全確認のやりかたから始まった。

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さて、ハーネスを着用してロープを結び、ビレイヤー(確保者)と互いに安全確認を行ってから登り始める。
もちろん、トップロープである。
トップロープであれば、クライマーが重力に負けて岩壁から引き剥がされてもぶらさがるだけである。安全なことこの上も無い。
面白いと思ったのは、ビレイヤーが45kgそこそこの小柄な女性でも、80kgもあろうかという大男のクライマーを易々とぶらさげることができることだ。
普通に考えればトップロープは頂上のアンカーに掛けてあるカラビナを折り返しているだけなので、静滑車になって小柄な女性はクライマーの男性の錘によって宙に持ち上げられてしまいそうなものだが、そうはならない。
小柄な女性のビレイヤーは、ATCを使用して岩壁から剥がされた大男のクライマーをぶら下げ、少しずつ降ろすことができるのだ。

さて、自然の岩壁である。
もちろん、クライミング教室の受講生は私を含めて全員が初心者。ビギナー。ど素人である。
一人、室内クライミング・ジムに通っている女性がいた。
ちなみに、受講生の半分は女性だった。野郎共の泥臭い遊びかと思っていたが、今はスリリングでスマートなスポーツであるらしい。

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ハーネスに固定されたロープが遥か上方に伸びる頂上に向けて張り気味にされる。はるか上方といっても、高々15m程度である。
目測では70~80度程度であろうか。
前回に室内クライミングを体験してみて、色とりどりのホールドを見てきた目からすると、絶望的に掴むところも足をかけるところも無いように見える。
が、気を取り直して、まず岩にしがみついてみると、なるほど、意外に体重を支えられる僅かなでっぱりやへこみがあちこちにあるらしい。

かなり大きく手や足を広げ、重力に負けそうになる重い体重を支えて登っていく。
恐ろしいのは、大きく体重を横方向に移動させる場面だ。
トップロープに支えられているとはいえ、僅かに指の第二関節程度と足のつま先のさきっぽくらいでしか、この岩にしがみついている支点は無い。その支点を一度空に開放して、次の指先とつま先の支え所を探る。このときに、横に大きく移動させなくてはならない場面があるのである。
もし、次の支点でつま先のグリップが効かなかったら・・・・
乗り出した身を支える術が無い。外した足が次の支点を探る間、己のメタボな重い体重はか細い指先のみに託すことになるのだ。

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技術的な解説はど素人の私がやってもしかたなかろう。諸先輩のホームページ等におまかせである。
私はといえば、スリリングな高度感を楽しみながら、それでも必死で頂上を目指した。
なんとか登れた。
とはいえ、はた目には結構さっさかと登ってしまえたらしい。
そうなのだろうか。

他の受講者が登っていくのを見るのも楽しいものだ。外から見ていると、自分の足の置き所は意外と確認していないことが分かる。確かに、手のかけ所は上方に探りながら丁寧にやるが、足元を見るためには首を下に向けるか、振り向くかしないと見れない。ということは、首を下に向けるということは、自分がしがみついている岩から一旦体を離さないといけないということなのだ。これを地上10mの垂直に近い岩壁でやるのである。いや~スリリングなのだ。
振り向くほうはあまり上手い手ではない。バランスが大きくくずれるからだ。

登頂しているクライマーを励ます掛け声というものがあるらしい。日本では頑張れの略で「ガンバ!」と叫ぶらしい。どうも私はこういうのは苦手である。
今回はアシスタントにフランスのハーフの女の子(美人)が来ていたが、フランスでは「アレー!」だそうだ。どこの国も体育会系はノリが同じなのだろうか。

湯河原の幕山公園は有名なクライミングエリアらしく、休日はクライマーでごったがえすほどの混雑になるという。
特に初心者向けの岩は講習にも利用されるせいで順番待ちになることもしばしばだそうだ。
どういうわけか、今回は比較的空いていて、気兼ねなく遠慮なく講習を楽しめたのは幸いだった。

それでも、かなりクライマーは散見された。
かなり高齢者が目立つのは意外だった。
中高年登山ブームはこんなところにも押し寄せて来ているのだろうか。
おそらく、かつての学生時代にワンゲル等でならした高齢者達がやっているのではないだろうか。
逆に考えれば、この傍目にはかなり激しそうに見えるクライミングというスポーツは、爺婆でもできるスポーツだということだ。

受講者はレベルもばらばらなので、すいすいと登れてしまう人もいるし、かなり苦労する人もいる。それぞれが楽しめばいいのである。
本日は例外的に空いているので、ちょっと難しいところにもチャレンジしてみましょう、ということで、別の岩壁に移動した。
高度はやはり15m程度。だが、斜度は80度以上から垂直くらいであり、一部オーバーハングしている。
そして、見るからにつるりとした壁で、ホールドできそうな支点があるのか、と思うほどだった。
実際に岩に取り付いてみると、指の第一関節がかろうじてひっかかる程度の部分が散在的にある。しかし、そのほとんどが第一関節の、そのまた半分程度で、それも鋭角ならまだ体重をなんとかできそうなのだが、ほとんどが鈍角なのだった。
えー、こんなところを・・・・
と、何度かずり落ちてトップロープにぶらさがり、二度ほど敗退して地面に降ろされ、三度目でなんとか登れたのだった。
講師曰く、ここが登れれば「初心者は卒業」だそうだ。

グレードは5.10bとのことだった。中級の下くらいだそうだ。
もちろん、登れたのはまぐれである。ど素人の私が5.10bなんて岩壁を安定してほいほい登れるわけが無い。
まあ、記念にはなったかもしれない。

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さて。
私がクライミングをやってみたかったのは、安全に関する意識と技術を高めたかったからである。
クライミングは、やたらと危険なスポーツなのだ。だから、当然、安全に関する様々な技術が生かされている。
どんな場面が危険なのか、何をすると危険なのか、どうすればその危険を察知できるのか、どのような危険回避方法があるのか。
一概にそれらすべてをクライミングというジャンルで網羅できるとは思わないが、何もやらないよりは百倍マシである。
そんな、第一歩を体験してみたかった、というわけだ。

気が付いたことがある。
ちょっと難しいところを登ってみて、ここはグレード5.10bで、アナタは初心者レベルは卒業、なんてことを言われると、いい気分になってしまう、ということだ。
更に高グレードを求めたくなるのだ。
これはいけない。
このような見得やプライドを求めるのは私の悪い癖で、他者に認めてもらいたいという気持ちから来る。確かにそれは人間の自然な欲求ではあるのだが、私が本来求めたい「自然の中をさ迷い歩くための技術」とはかけ離れている。
トップロープによって守られているクライミングには怖さは無い。たとえクライミング中に失敗して岩壁より引き剥がされようとも、確保されたロープにぶらさがるだけなのだ。
そこには、純粋に危険を排除して岩壁を登るというスポーツ性のみが存在し、それはいきおい高グレードなクライミングを追い求めるという方向になるのだろう。
私が求めるものとは違う。
私が求めるのは、自然の中をさ迷い歩くうちに出くわすヤバイ場面で、前進手段としてロープを使うことができるのか、とりあえず確保技術を使って安全を確保することができるのか、さすがに迂回したり引き返したりしたほうがいいのか、そういうことが知りたいのだ。
4WDで遊ぶオフローダーは、ウインチの使い方に2種類あることを知っている。
はまった車を引っ張り上げるためのウインチと、ヤバイところを通過するために前進手段として使用するウインチだ。
それと同じである。

スポーツとして楽しむクライミングはそれはそれとして、私にとっては「安全のための技術」という意味合いが強い。
難しい岩壁をよじ登って行くのは楽しいが、「ガンバ!ガンバ!」などと声を掛けられると、むしろ気持ちが萎えてしまうのである。私はそういう偏屈な人間なのだろう。
そういう意味では室内も自然のものもスポーツとしてのクライミングは、私にはあまりむいていないのかもしれない。

クライミング教室に1回行っただけの初心者が、単独でのリードクライミングを練習してみようと言えば、単なる暴挙だと言われるのだろうか。
しかし私は、そういう言わば世間の常識的なものをあまり信用していない。
世間や世論は何かとそういう「常識」だの「良識」だのというモノの振りかざして、人間性の解放を求める冒険者を去勢し自分達の仲良しクラブの鎖に繋ぎ「空気読め」と言う。
一方で故植村直己や三浦雄一郎を賞賛するくせに、シーカヤックや雪山に出かけようとするお父さんやお母さんを、会社や家族にかける迷惑、世間を騒がす迷惑という常識や良識を振りかざして阻止しようとする。

登山も含め、冒険はまず世間の常識から自由になるところからスタートするのではないだろうか。

とはいっても、お父さんやお母さんが会社や家族や世間に負う責任というものはやはり存在するので、そこをどう折り合いを付けるのかは各人の裁量にまかされるところだろう。
要は家族が納得すればそれでいいとも言える。
会社や世間など勝手に騒がせておけばいいのだ。肝心なところを見誤るべきではない。
どの程度勝手にやるのかは個人の判断で決めればいいということだ。
できない者はできないということで、別の遊び方を模索すればいい。

体育会系ノリで、トップロープに守られ実戦モードの緊張感の実感の薄いスポーツクライミングは、私にとっては魅力は半分ほどなのだが、もう半分は技術的なクライミングそのものの楽しみと、グレードを追う見得っぱりな気持ちの満足感と、団体スポーツならではの技術の吸収力が魅力的である。
その部分は、純粋にクライミングを楽しむ人たちと共有できるだろうから、一緒にやらせていただく機会をぜひ持ちたいと思ってはいたりする素直でない私である。

私にとっては、「危険」を認識できたとき、このクライミングというスポーツの真価が実感できるようになるだろう。

カウンタ

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このページは、ichigouが2009年9月27日 11:21に書いたブログ記事です。

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