マウントレーニアという森永乳業のカップコーヒーのCM。
セクシーな上司を演じる米倉涼子(34)と部下役の成宮寛貴(26)の競演。
夜景の見える外資系証券会社のオフィス。
ムーディーなジャズをバックに、やり手上司の米倉が、マウントレーニアを飲みながら
「いい仕事、してるわよね・・・・・・私たちみたい」
と微笑む。
あああ、いやだいやだ。虫唾が走った。
こういうのを自画自賛という。
自分で描いた絵を自分で褒める。
恥ずべき態度と行為だ。
全く、日本人の謙虚な心にそぐわない。
こういうのが平気で人目に付くようになってきたのは、いったいいつ頃からだろうか。
ふと気付けば、恥知らずな自画自賛は、かなり目立つようになってしまった。
「自分で自分を褒めたい」
マラソンランナーの有森裕子の言葉である。
”自分で自分を褒めてあげたい”として伝わっているが、それは間違いらしい。
1992年バルセロナ五輪女子マラソンで銀メダルを獲得。レース終盤にワレンティナ・エゴロワとモンジュイクの丘で、6キロに及ぶ激しい死闘を繰り広げた。競技場へ入る直前でエゴロワに引き離され、惜しくも8秒の差で優勝はならなかったが2位でゴールした。
1996年アトランタ五輪女子マラソンで銅メダルを獲得。優勝したファツマ・ロバ、2位のエゴロワに続いて競技場へ入る。4位のカトリン・ドーレにゴール直前で追い上げられたが、わずか6秒の差で逃げ切って3位でゴール。二大会連続のメダル獲得は、日本の女子陸上選手で初めての快挙である。
Wiki--有森裕子--
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%89%E6%A3%AE%E8%A3%95%E5%AD%90
彼女のこの言葉は軽々しい自画自賛などではない。それは、彼女の壮絶なマラソン人生があり、その集大成として発された言葉なのである。
しかし、その後この言葉は独り歩きしてしまって、ケツもアタマも軽い恥知らずな日本人の口から発せられるようになってしまった。
すでに自画自賛の代名詞である。
「自分にご褒美」も同じだ。
せっかくの偉人の言葉を台無しにしてしまった。
「俺らって凄くない?」”凄くない”のイントネーションは語尾上げで。
「うちら結構イケてる〜」ファンデーション厚塗りの女子高生。
「日本の技術力は中韓より50年は進んでます」某大手QAサイトより。
もう枚挙に暇が無い。
市場原理に揉まれ、グローバリゼーションに翻弄される現代の日本では、大人も子供も弱肉強食の市場原理の中で生きようともがいている。
状況を我に有利に導こうと思えば、己の良さを他者にアピールする必要が出てくる。
幼稚園のお受験、有名私立の小学校・中学校への受験、高校、大学、その中での生存競争、熾烈を極める就職氷河期、企業でのインセンティブ奪取合戦、足の引っ張り合い、出世競争。
これらはすでに20〜30年前から始まっていることではあるが、ここ10年ほどの様相は、私の目には”欧米化してきた”というふうに見えている。
物事を押し流していく力に、欧米文化の臭いが感じられる。
だからこそ、自己アピールや個人主義などが蔓延してきたのではないだろうか。
更にそれらは必要な事、自己アピールは社会人としての常識、と言われるようになってきている。
その中身は紛れも無く「自画自賛」であろう。
更には自己責任、などといういやらしい言い方も流行っている。
私は文化そのものが変化していく現代の日本を否定はしない。
それは必然なのだろう。世界の変化に伴い、日本自体も変化していくのは当然の流れだろう。
しかし、そうなっていく過程でも日本は日本独自の歴史的背景を持っており、その長い過去より形成されてきた日本人自身の文化的な意識というものがある。
外部より流入してくる異文化を取り込んでいくのは日本のお家芸だが、そのプロセスでは必ず「日本化」というコアを中心に据えている。
コアがあるからこそ、日本は異文化を「日本化」していく力があるのだ。
その「日本化」のプロセスにおいて、当然、異文化を取り込む場合に「違和感」を感じるものなのだ。
それが、日本の歴史的背景から来ている。
たかがCMのセリフを聞いて「気持ち悪ィ」と感じるのも、その歴史的背景のひとつである。
その感受性すら失ってしまったら、日本人はすでに「外国にどうとでもいいように蹂躙されるがままの、隷属させやすい人種」である。
今、日本には「何か変だな」が至る所にある。
それが、日本文化自体が変化を遂げて行く大きな流れの中で感じるものなのか、明らかに日本文化を劣化させ腐食させる類のものなのか、見極める必要があると思う。
54年間の自民党政権が倒れた。太平洋戦争でアメリカに負け、ほぼアメリカの属国に等しい政体であった日本の政治は、民主党政権になり、経済的に膨張している中国と隣国の韓国に顔を向けようとしている。
それの是非はここでは論じないが、政権が全く違う政党にひっくり返された日本は、確実に変化が始まっていることは確かなのだ。
これから、私たち日本人はたくさんの「何か変だな」を感じる機会があるだろう。
それをそのまま見過ごさず、もういちどこれまで爺さん婆さんが、そのまた爺さん婆さん達が築いてきた日本人の歴史を”感じて”みることは有意義なことではな
いだろうか。
「全然大丈夫です」あまり違和感を感じない。
「全然いいよね」これはダメだ。気持ち悪い。
何故だろうか?
「いい仕事、してるわよね・・・・・・私たちみたい」
ふと感じた違和感だが、なんでだろう、と考えるのも大切なことだと私は思う。
たとえ屁理屈かもしれなくても。
2009年10月アーカイブ

背中に汗をかく季節はリュックを背負って自転車に乗る気がしない。
ましてや通勤はスーツなので、1日中Yシャツを着ているのだ。
私が選ぶビジネスバッグは必ずリュックに変形?できるタイプ。
汗をかかない季節は背中に背負って自転車を漕ぐ。
と、本日ようやく冬季仕様で通勤できた。
重苦しいリアキャリアを取外し、スタンドも取外し、ついでにシートポストもカーボン製に交換。
実に自転車が軽やかに変身する。
なるべく長い期間、この仕様で乗りたいが、それもなかなか難しい。
それに、キャリアを取り去ってしまった自転車は、輸送力ゼロ。時には大変不便を強いられる。
しかし、それに負けてキャリアを付ければ、必然的にスタンドが必要になり、
シートポストもアルミ製が必要になる。
いっそのことママチャリでも・・・というこうとになる。
悲しいではないか。
軽快なスポーツ車で軽やかにペダルを漕ぐのはいい気分なのだ。
昨夜、近所の街道で事故があった。
乗用車と1tトラックのオフセット正面衝突らしい。
乗用車はガードレールに突っ込み、トラックは商店のシャッターに突っ込んでいた。
年に2度ほど、大きな事故がある。
御祓いでもしたほうがいいのかもしれない。
9月27日のクライミング教室を載せました。
7日朝。横浜駅で電車に飛び込み自殺、その影響で東京駅から山手線でもみくちゃ。7日夜。立川駅で電車に飛び込み自殺、その影響で中央線に2倍の時間乗っていた。そして今8日朝、台風の影響で神田駅ですべての電車が運転見合わせ、25分経過。
(-"-;)
ちょっとネガティブな話題だったので、こんなのを。
戦争映画の名作に「プラトーン」がある。

1986年公開のアメリカ映画。公開時には、初めて本当のベトナム戦争を描いた映画として、「プラトーン現象」と言われるほど知れ渡った。製作会社はオライオン・ピクチャーズで、監督・脚本はオリヴァー・ストーン。出演はチャーリー・シーン、トム・ベレンジャー、ウィレム・デフォー。第59回アカデミー賞 作品賞ならびに第44回ゴールデングローブ賞 ドラマ部門作品賞受賞作品。 -- Wiki --
名作である。感動である。
戦争における極限状態とは、人間がどのようになってしまうのかが描かれている。
ところで。











最近のコメント