
「デイ・アフター・トゥモロー」のローランド・エメリッヒ監督が放つパニック巨編。マヤ暦にヒントを得た終末説を基に、未曾有の天変地異によって現実のものとなっていく地球崩壊の一部始終を驚異のスペクタクル映像で描く。 売れない作家ジャクソンは、別れた妻のもとに暮らす子供たちを連れてキャンプに向かう。彼はそこで怪しげな男チャーリーと出会い、"地球の滅亡"が目前に迫っており、その事実を隠している各国政府が密かに巨大船を製造、ごく一部の金持ちだけを乗せ脱出しようとしている、という俄には信じられない話を聞かされる。 ところが、間もなくかつてない巨大地震がロサンジェルスを襲い、チャーリーの話が嘘ではないと悟るジャクソンだったが...。
超壮大スペクタクル娯楽馬鹿映画。
失礼だな、馬鹿映画だなんて。
しかしトンデモな作品であることは間違いない。
地球滅亡。文明の壊滅。
映画の題材としてはわかりやすいし面白い。
先日「ノウイング」を観て、そのあまりのラストのチープさにもやもやが残ったままだったので、ちっとは溜飲が下がった思いだ。
がしかし、別の溜飲を沸き起こらせやがって。
アメリカ人の身勝手さ全開。
アルマゲドンやデイ・アフター・トモロウ、インディペンデンス・デイはまだよかった。
インディペンデンス・デイなどは馬鹿々々しくても「みんなで戦って地球を守るんだ!」という単純明快さがあり安心して観ることができる。アルマゲドンも「がんばって地球を救うんだ!」、デイ・アフター・トモロウは「もうどうしようもないよな・・・全てを受け入れるしかないよ。いままで傲慢でごめんなさい」いや(笑)なかなか謙虚でよろしい。
しかし、今回のようなヤツはいけない。そっくりなのがひとつあるが、ネタばれにも繋がりかねないので挙げないでおこう。
とにかく、自分さえ助かれば、自分たち(家族も含め)さえ助かれば、という西欧人特有の非情さ薄情さがぷんぷん匂う。
かの国のトップが「私は残る」などと高尚な精神の発揚場面を作っておきながら、主人公たちは何もかもを差し置いて逃げ出す気まんまんである。
その矛盾した構図に、ふたたび口の中にすっぱいモノがこみ上げてくるのだ。
災害が頻発していく中での人々の右往左往ぶりも、私たち日本人の目で見ると「あれは略奪のシーンではないかな」と目を細め眉をしかめてしまう。
なぜ「一緒に来い」と言わない?なぜ「一緒に残ろう」と言わないのか?
そのどちらのセリフも作中では様々に発せられはするのだが、友愛を見せかけにした対立する立場の人間からのものであり、そしてそれはやはり裏切られる。決して運命を共にしようとはせず、自らと自らの家族が生き残ることしか考えていない。
いや、登場人物は体と頭がそもそもそういう構造でしかないような行動パターンとなっているのだ。
まあ、とはいっても、これは超壮大スペクタクル娯楽馬鹿映画なんだから、そのとんでもないスケールの絵ヅラとスリルに満ちたピンチ脱出劇を楽しめばいいのだろう。
あくまで「娯楽」なのだから。
主人公達が車でピンチを切り抜けるシーンも、次々と倒壊するビルなどを避けながら飛行機で脱出するシーンも、あまりにも非現実的で笑ってしまったくらいだが、この映画は「娯楽!」と割り切って観れば楽しめるのである。
ノウイングのように変にシリアスさを匂わせておいて最後でチープなオチにがっかり、よりはよほどいいかもしれない。
そもそも、ラストはもちろん某宗教の絵そのものなわけだが、あれは元々は神サマが選択を行ったわけで、人間の人間による意思はそこには介在していなかったはずである。
だからこそ、選んだだの選ばれただのといういやらしくも政治的人間ドラマはそこには存在せず、純粋にひとつの宗教的救済劇として成り立っているのだ。
この映画のように、それを人間の手で行うとなると、とたんにいやらしい政治的人間ドラマに成り下がってしまい、せっかくの娯楽スペクタクルに苦々しい味付けが加わってしまっている。
それを作成者当人は「アイロニカル」だなどと思っているのかもしれないが、なんのことはない、風刺を利かせたつもりが西欧人の薄情さのみを強調しただけに終わっている。
選択の基準は明確。金持ちと社会的地位の高いもののみが生き残る権利を得る。
そんな基準で生き残った人々は、犠牲を強いた数十億人の人々に対し何を思ってこれからの人類の運命を背負うのか。
金と権力で他の全ての人々を蹴落として生き残った人類の末裔。とても繁栄するに値しない種に思える。
まあいい。
こんなトンデモ娯楽パニック映画を作る人間に、そんな繊細な人間の機微にまで配慮せよというほうが無理なのだろう。
細かいところは無視してこのトンでもない壊滅劇のみを楽しめばいいのかもしれない。
観た後で感情の奥に訴える何ものも残らない深みの無い作品だが、地球が壊滅していく壮大で悲痛な絵を存分に楽しめる、そういう意味では観応えのある映画だった。
「見ろ!人がゴミのようだ!ははははは!」










