恐るべき検閲社会「奴隷を使う会社経営」

 2009年3月1日

「業務範囲外でのWEB閲覧を禁ずる」

最近はどこの会社でも当たり前になっている社内規則のひとつだろう。
しかし、私はこれに根本的な疑問を感じる。
なぜ、ダメなのか?

まず、ダメである理由をいくつか挙げてみよう。
しごく最もな理由である。(と、普通の人は考えるだろう)

■仕事の能率を損ねる
余計なネットサーフィンばっかりやってる社員はちっとも仕事をしない。

■社内モラルを損ねる
中にはエッチな画像を見たりするヤカラが出る。

■回線の圧迫
社内からインターネットへ出て行く回線には物理的(電気的)に限界がある。趣味で余計な何かをダウンロードしまくるやつがいたりすると回線を圧迫して通信速度が遅くなったりする。

■企業情報の漏洩
企業秘密が外部に漏洩する危険がある。

企業情報の漏洩の問題は別として、他はすべて仕事の能率を損ねる行為であり、厳に慎むべきとされるわけだ。
仕事の能率を損ねる、つまり、利益が減ることを意味する。一大事である。

WEB閲覧だけでなく、e-mailの使用制限も課せられるのが普通だ。
業務以外での使用は禁止である。

規制するには社則への明記の他、電子的な手段によるものもある。
検閲ソフトの導入だ。
一般には「検疫システム」などと呼ばれている。
検疫とは、病原体の汚染を防ぐための仕組みだ。業務以外のWEB閲覧は企業にとって病原体の汚染なわけだ。
アダルトサイトやキーワードなどで表示を制限したり、独自のエンジンを使って(スパムフィルタと原理は同じ)管理者に社員のWEB閲覧状況をレポートしたりする機能がある。
私が関係したある企業では、天気予報やレンタカーのページの閲覧で警告された人がいた。

さて。
ひねくれ者の私は、WEBの使用制限なんて必要ない、と考える。
なぜか。

まず、私が経営者であれば(実際に私はある意味経営者なのですが)社員のWEB閲覧なんて制限しない。
大体において、社員全体を考えれば、まともに利益を稼ぎ出す社員はそのうちの2割しかいないのだ。
2割の社員が残りの8割の社員を食わせているわけである。これは会社経営の常識である。
そして会社というものは、ばりばりカネを稼いでくる者がいたり、それをせっせと設備投資に使うものがいたり、そういうカネの流れを1円もらさず管理する部隊(経理課)がいたり、様々な人間で成り立っている。
もちろん、全員が全員、すごく企業に貢献する人間ばかりでない、というのは事実である。
ここにいくばくか、余計なWEBばっかり見ている社員がいるとしよう。
彼等のWEB閲覧を制限すれば、はたして仕事の能率が上がるだろうか?企業にとっていいことだろうか?
決してそうはならない。
大して仕事のできないやつは、さぼってもがんばっても、能率そのものは大して違わないのだ。
仕事には波がある。ひまなときもあれば、目の回りそうなくらい忙しい時もある。
しかも、それは部署ごとに違ったり、人ごとに違ったり、色々雑多な波としてやってくる。

そんなヒマな時は、別に仕事に関係無いWEBを見ていたっていいじゃないか。
1年を通して始終平均的なペースで仕事がやってくることなどありえない。
仕事中といえど、息抜きの時間が有り余っている時だってあるのだ。
むしろ、そういう波が社員のモチベーションを効果的にタイミング良く刺戟しているのである。

ろくに仕事しないヤツだって、なにがしかの役には立っているわけである。
ある時気がついてみれば、雑然とした書類がきれいに整理されていたり、休憩室の冷蔵庫や電子レンジがきれいに掃除されていたりする。
スローペースであっても、年間でなにがしかの営業成績を上げていたりしている。
そいつらをつかまえて「WEB閲覧は厳しく制限する。もっと仕事しろ」と言えば、はたして利益が上がるようになるだろうか。

仕事というのはある面確かに非情なところがあって、人間性を無視して牛馬のごとく「使役」すればカネが稼げる面はある。
だから、大きな企業ほど、数値に基いて、「検疫システムを導入したら年間純利益が0.5%向上した。これは効果があると判断できる」という結論を出すわけだ。

しかし、それで社員達は仕事にやりがいを見出し、彼らの家庭生活が幸せになるのだろうか。

得てして企業で働く社員を「奴隷」としか見ず、彼らをカネを稼ぐマシーンとしか考えない経営者がこの間違いを犯す。

仕事をする、というのは、生活の一部なのである。
これだけインターネットが普及した社会では、生活の中にあたりまえの情報源としてWEBを日常的に見回っている人間はもう珍しくはない。
WEB閲覧の規制は、そういう生活のリズムを一部制限し、かえってその人の能率を損ねることだってある。

どのみち、忙しい波がやってくれば、呑気にネットサーフィンなんてやっている暇はない。
がむしゃらに働く時期は誰にだってあるのだ。

すでにブロードバンドが普及した現在では、回線容量の心配もナンセンスだろう。
不正ソフトをダウンロードしまくりなどというのは論外としても、どんなにアクセスが集中しても100Mbpsのブロードバンド回線は100人や200人のWEBの散在的アクセスごときで埋まりはしない。

社員は基本的に生活の糧として仕事をしている。会社はそのために存在しているともいえる。
中にはロクに仕事のできない社員もいることはいるが、会社が社員に望むことはたったひとつのはずだ。
「おまえらが稼がないと会社つぶれちゃうぞ」
社長や株主を肥え太らせるために仕事をするわけではない。
その会社で働く皆が幸せな家庭生活を送れるように、皆でがんばるのが会社の正しい姿のはずだ。

もっと社員を信じてはどうなのか。

ときには「働け〜!」と発破をかけることも必要だろう。
しかし、彼らを奴隷のように駆使して金を稼がせ、なんとか生活できる程度の賃金を与えるだけであとはがっぽり経営陣と株主で山分け、というのはいかがなものか。

大体そういうのは黒人奴隷を駆使してきた白人社会の経営思想からやってきている、ということに早く気がつけよ。
やつらが働かせるのは奴隷なのだ。社員という名の奴隷なのだ。
外資企業のあの社員の働かせ方、業務日誌や報告を徹底し、成績を徹底管理するやりかたを見ればすぐにわかりそうなものだ。

エッチな画像を仕事中に見たりするのは、そもそもそいつの社会人としてのモラルが問われるわけで、それはとりもなおさず社内モラルと同じ意味である。
社員教育とは会社独自の色を持つ人間を仕立て上げることではなく、立派な社会人として行動できる人間を育てるためにある。

社員一人一人の仕事のありようを厳しく監視し、検閲し、規制することなど、本末を転倒している。
少しばかりルーズな環境であっても、会社として立派に利益の上がるように社員たちが働いてくれれば、それでいいはずだ。
また、ルーズな環境かどうかは、上から厳しく締め上げて作り上げるのではないだろう。
子供の集まりじゃあるまいし。
そういう社風作りも経営者の仕事のうちなのではないのか。
監視、検閲、規制、などで仕事の能率を上げようなど、それは経営者の怠慢だと私は考える。
もっと社員を信じ、会社を信じて、生き生きと働ける会社を作るべきだろう。

今の経営者は怠慢過ぎる。
監視や規制で社員達を強制的に働かせ、それで利益を向上させようと考えている。
凡庸な管理者ほどこの愚を犯す。
彼らは社員を信用しない。
尻を叩かなければ働かないと思っている。
本来の日本的経営とはそういうものではなかったはずだ。
鬱陶しいほど濃密な、社の家族的つながりがあったはずだ。
憶えていないだろうか?
それは何を意味していたのか。
それは、会社はすなわち家庭生活に密着した在りようを持っていたからだった。
今は違う。
会社は金を稼ぐだけの場所になってしまった。
だから、社員はなるべくさぼる方向へ気持ちが動く。
最大限働かずに最大限給料を得るのが、社員にとって一番効率がいいのだ。
経営者は逆の事を考えている。
最大限社員を働かせ、最低限の賃金しか与えないのが一番効率がいい。

これでは会社の経営が噛み合うわけないではないか。

労働組合を作って経営側と争ったり、検閲ソフト(検疫、と管理者は言う)を入れて社員を監視したり、何か、こう、生き生きと仕事をして社会貢献しよう、という姿勢と矛盾を感じないだろうか、あなたは?

企業が行う通信の規制は、企業情報の漏洩や外部からの敵対的アクセスに対する防衛、という意味を持っている。
この場合、企業情報の漏洩は内部から外部への問題で、敵対的アクセスに関しては外部から内部への問題だ。
後者はファイヤウォールなどで規制するのが一般的だろう。
問題は前者で、これを防ぎたいがために検閲ソフトを導入する、という言い訳をよく企業が使う。
しかし考えてみれば、これも問題の根は同じで、そもそも企業の秘密にしておきたい情報を信用のおけない社員が扱える、ということそのものはどういうことなのよ、と。
企業秘密はそれなりの権限を持つ社員しかアクセスしてはならないはずだ。
そして、その権限を持つ社員は、会社にとって信用のおける者でなくてはならないはずだ。
それさえ信用できない、というのであれば、これはもう企業秘密を扱うことそのものを考え直さなければならないだろう。
とうよりも、これではその情報を扱える社員は存在しない、ということになるだろう。
経営思想の破綻である。
企業経営を人間の性悪説から考えるからこういうことになる。
外部からは不正アクセス、内部からは情報漏洩。そして社員を効率良く使役するために監視・検閲・規制で縛り上げる。
西欧的な仕事に対する発想である。

今の日本社会を見てみると、どうしてもそのような方向に進んでいるので、これは逆らっても無駄なのかもしれない。
しかし、私と同じように「何か間違っている気がする」と感じている人も多いはずだ。
YahooやGooなどのポータルサイトを覗くことも許されず、つくねんとデスクに座って悶々と退社時刻を待っている時、本当にこれで能率が上がるんだろうかという疑問が沸かないだろうか。
そんなにモチベーションを下げまくって、明日も同じような1日になるのだろうと思えば、なにか別の軽い仕事でも、という元気なんか消し飛んでしまうだろう。
ぶらぶらとニュースサイトなんか見回っていて、ふと有名企業社員のノートPC紛失で顧客情報5000人分の情報が流失、なんて記事を見た時、うちの会社は大丈夫なのかな、なんてちょっとノートPCの持ち出し規則に目を通したりする。
そういうことは実は大切なことではないのか。

中国のインターネットでは検閲が行われていて、「天安門」や「台湾」、「自由」、「民主主義」などの文字はNGワードとして閲覧が禁じられているそうだ。
笑ってますね?
あなたの企業でも同じことが行われているのではないか?
情報セキュリティ推進部と中国共産党政府指導部は同じ穴の狢じゃないか。
やってることは同じ。
中国は自由と民主主義が怖いだけ。企業は能率低下と情報漏洩が怖いだけ。

仕事好きの日本人はそんな姑息な手段を講じなくても十分にやっていけるはず。
それとも奴隷として使役しなければ働かないほど、日本人は堕落してしまったのか?

「企業での従業員のPCの監視は「必要悪」という位置付けですが、「社員全員を疑う」という行為は、やがて企業自身を窒息死させることでしょう。」

 企業統治が始まれば手帳屋が儲かる
 http://aoniyosi.net/mtoast/2006/09/post_170.html

より