독도는 일본의 영토입니다 (竹島は日本の領土です)
サンフランシスコ講和条約で、草案内容を知った韓国は、1951年7月に梁(ヤン)駐米韓国大使からアチソン米国務長官宛に「我が政府(韓国)は、第2条a項の『放棄する』という語を『(日本国が)朝鮮並びに済州島、巨文島、鬱陵島、独島・・・放棄したことを確認する。』に置き換えることを要望する。」とする書簡を提出した。
これに対して同年8月に米国のラスク極東担当国務次官補はドク島、または竹島ないしリアンクール岩として知られる島に関しては、この通常無人である岩島は、我々の情報によれば『過去に朝鮮の一部として取り扱かわれたことは全くなく、1905年頃から日本の島根県隠岐島支庁の管轄下にある』と回答(ラスク書簡)。
1951年9月8日に調印されたサンフランシスコ講和条約では日本が放棄すべき地域として「済州島、巨文島及び鬱陵島を含む朝鮮」と規定。
その後、国際法的に韓国領となったことはない。
69 名前:専守防衛さん[] 投稿日:2010/08/31(火) 20:08:10
海・予備自です。すみません
現職時、対艦射撃訓練を四国沖で行った時の話
海面に投入した標的を撃つため、戦闘アラームが鳴り『総員戦闘配置』の号令
私は機関科員だったので【応急隊】で艦内で待機。
『敵艦、射程距離に近づく』の号令で、いよいよ轟音が聞こえるのを想像していたが
何時までたっても『砲撃はじめ』がかからない?・・・・・・・
艦内マイクの音が『カチャリ』・・・いよいよか?おせーよ
聞こえてきたのは『標的に亀が乗っている。状況中止』
続けて『亀が自然に標的から離れるまで、状況を見守ってほしい』と艦長
艦内は緊張した雰囲気から、一変「亀で中止~?」とあっけにとられ笑い声や和んだ雰囲気となり、機関停止、通常の航海配置で手空きは上甲板で標的を眺めるほのぼのとした状況になった。
それから1時間後、亀はゆっくりと水面に戻って行った
22護衛隊(なつぐも)で20年ぐらい前にあった本当の話
90年代半ば、ルワンダ内戦で難民が出ると外務省はその救済に自衛隊員派遣を言い立てた。
難民キャンプにも武装ゲリラが出没する。エイズは流行る。危険千万で、内戦に責任のある西欧諸国も尻込みしていた。
で、米国が安保理常任理事国入りを餌に日本に派遣を要請してきた。
外務省は喜び、派遣部隊に被害が出ればより外交効果があると読んで、装備は小銃のほか機関銃一丁とほとんど丸腰で放り出した。
自衛隊はそんな悪条件下でも任期を無事務め上げたうえ、武装ゲリラに襲われたNGOの日本人医師の救出もやってのけた。
外務省には期待外れだった。お前らは死ねばいいのに、なに勝手をやるのか。共同も朝日新聞も自国民救出など自衛隊の越権行為だと非難した。
期待に背いたことへの報復は陰険だった。任務終了後、帰国には民間機を利用し、その際は制服の着用は仰々しいので認めない。
各自私服で帰れと。
お前らは目立つことはないという意味だ。誰しもましな着替えなど持っていない。
年の押し詰まった12月27日、ロンドンから日航機に搭乗したとき周囲の乗客はひどい身なりの集団にちょっと驚いた。
それが異郷の地で頑張り抜いた自衛隊員と知るのは機が公海上に出てからの機長アナウンスでだった。
「このたびは任務を終え帰国される自衛隊員の皆さま、お国のために誠に有難うございました。
国民のひとりとして、わたくし、機長より厚く御礼申し上げます。当機は一路日本に向かっております。皆さま母国でよいお年を迎えられますよう」
異形の集団を包むように客席から拍手が沸き、その輪がやがて機内一杯に広がって行った。
機長は乗客リストを見て自衛隊員の帰国を知り「日本人として当然のことをしただけ」と語る。
成田に着いたあと65人の隊員はコックピットの見える通路に整列し機長に向かって敬礼した。
酒を入れて持ち歩く容器。

ステンレス製。スキットルではマニアには錫製のものが人気が高いが、指で強く押すとへこむらしく、時には荒っぽい扱いをする登山には向かないのではないだろうか。
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長年使っているアユンギラックの化セン(センの字が化ける・・・)シュラフに120cmのRidgeRest SOLite(高級銀マット)で気温0度以下でもオッケーかどうか試してみた。
場所は標高410m。
気温は夜中の0時で-3度、5時くらいで-5度ほどだった。
念のためにモンベルのULコンフォートシステムパッド(180cm)と同じくモンベルのダウンアンダーウェア上下を持って行った。
テントはICI石井スポーツのゴアライト2-3人用。
今日もいい天気。
だが、ザックが重い。試しに体重計にのっけたら16.5kgあった。

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カウボーイ人形のウッディと仲間たちは、大好きなアンディとの別れが近づいたある日、手違いで保育園に寄付されてしまう。
「もう一度子供と遊べる!」とはしゃぐバズたち。だがそこは、おもちゃを破壊しまくる凶暴な幼児たちが集まる、おもちゃにとっての地獄だったのだ。
本作の1、2共に、アメリカ人らしい身勝手さというか不躾な感性というか、そういうところがなんとも鼻につく作品であった。
それはやはり3でもちっとも変わっていないのだが、その違和感は日本人の感じる西欧文化への違和感であって、くまのプーさんを見てもスターウォーズを見ても同様に感じる嫌らしさだと言える。
文化的な差異なので、いかんともしがたいのだろう。
みんなちがってみんないい、ってか。けっ
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もう何年前だろう。おそらくは15年ほど経っていると思うが、初めてマミー型のシュラフを買った。
ajungilak KOMPAKT SUPER TWIN 185

アユンギラック(ノルウェー)
登山用シュラフ(全長185cm)
適用可能環境温度は-20度~+15度
パッキング状態:1110g
本体:990g
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5月に今熊山から刈寄山までハイキングしたが、今度は逆に行ってみた。
新しいアイテムを試してみるのと、単独でのキャンプ地を探してみようと思う。

今熊山の近くにある変電所脇を通り、山道を目指す。
アスファルトはすっかり落ち葉に覆われている。

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